猫の名前を「サンゴ」と言った。

 ある日、歩道の植え込みの中に捨てられ、震えている子猫に出会った。ひとり暮しの中、迷いながら連れて帰った。小さな命、見過ごすことは彼女にはできなかった。

 古い借家の貧しい暮しの中、彼女のベッドがサンゴの居場所となり、暖かい陽だまりとなった。降り注ぐ陽射しの中でサンゴと居ると、ひとりの寂しさも、生活の辛さも兪されやわらかく包まれた。

 やがて、再び小さな野良猫を引き受けることになった。目もまだ見えないその子猫を、サンゴは驚く程の感覚で見守っていった。危険な場所に行きかけると、自分でくわえて戻し、つかず、離れず育てていった。

 そして、いつしか次々と猫たちは彼女の元へ現れ、五匹にもなった。不思議と各々が各々の距離を保ちながら、彼女と夫の暮しの中で、寄り添い家族として生きていくことになった。

 サンゴはその中にあって、常に大きなゆるやかな心で皆を包んでいった。

 そのサンゴが末期の肺ガンと知った時、彼女は混乱と悲嘆に圧しつぶされそうになった。どうすれば、サンゴにとって最良の生の終わりを迎えさせてあげることができるのか、自分はそのことに耐えて看取れるのか……不安と悲しみの中、最期のその瞬間まで自宅で看取る決断を夫と共に選択した。酸素マスクを用意し、苦しく喘ぐ時はそれを吸わせ、懸命に寄り添った。

 サンゴは自分の死をすでに悟っていたのか、調子の良い時には、ベランダの窓際で快さそうに陽射しを浴び、温もりに包まれていた。

 サンゴが逝った夜、天上に満月はこうこうと照り渡り、その澄み渡る光の中を静かに昇っていった。

 人も猫も、命は等しくその輝きを放ちながら生き遂げるということ、生き抜くことの大きな意味を教えられた。

 猫たちを救い、育て、守り、寄り添って生きてきたと思っていたが、いつの間にか、自分が猫たちに守られ、愛され、支えられて生かされて来たのだと、悲しみの中で彼女は深く知らされた。ただ、黙って、いつの日も寄り添ってくれたサンゴによって……。

 彼女にとって「サンゴ」は真に「太陽の子」“sun”であった。

 

 今、彼女はサンゴと共に、風の渡る林の中で、静かに眠っている。     母・記

 



<著者紹介>

 

木下 マリ子 Mariko Kinoshita

 

1975年7月 東京都生まれ

1997年2月 東京電機大学工学部中退

2001年3月 東京綜合写真専門学校卒業

2004年4月 写真表現中村教室入社(Web・事務局担当)

2012年1月 死去

 

構成・編集 中村 誠

発行 はる書房

定価 ¥2,484(税込)



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