ボイス 受講生の声
VOICE vol.79
大日方 浩 Hiroshi Obinata 1998年中村教室入学 / ゼミナール在籍

銀座ニコンサロンで発表しました。あれからどれくらいになりますか。

 

長野五輪が1998年で、その前の年の1997年の春でしたから、もう16年経ちました。そろそろ展覧会とか写真集の形にするとか、次の発表をしたいと考えています。浅野マサオさんの写真集を見ても、写真集そのものがその人の写真表現の最終的なひとつの作品だと思いますし、デジタルの時代だからこそ、何か形にして残したいなという思いもあります。

 

もうそんなに経つのですね。初めての個展というのは無我夢中だったと思いますが、その後の写真(活動)に変化はありましたか?

 

写真の撮り方とか、そういうものはあまり変わっていないと思います。ただ歳を重ねるにつれて、自分をとりまく生活環境の変化とか、いろんな事が起こるわけですから、ものの考え方や感じ方、見え方は年々変わってきました。誰にでもある人生の転機とか試練に出会った時、大げさかもしれませんけれど、写真をやっていて良かったなーと思えることがありました。

写真を撮る時って無心になれるじゃないですか。気持ちをフラットにして目に入ってくる風景を素直に見られる。今思うと、20年近く前、表現としての写真の世界に出会えたことは大きかったですね。

 

中村教室設立以来の在籍ですね。

 

中村先生に初めてお会いしたのが、前の写真学校のサマースクールという短期の写真教室でした。それに参加して以来ですから、約20年になります。私が30歳を過ぎた頃で、写真を始めるきっかけとなりました。

 

長野からよく通う決心をしましたね。

 

そうですね、当時はまだ長野新幹線もなかったですし。だから実はあまり基礎の講座は出ていないんです。だけど最後の合評会の時に、何気なく出したまだ何枚も焼いていない時の写真に「プリントは全然だめだけど、写真はいいなぁ」という言葉をいただいて、写真表現の面白さに気付いたんです。

その頃私がやっていた仕事は、モノをつくる職人的な技術を必要とするもので、そういう仕事って一人前になるのに10年くらいはかかるんですね。それで写真表現も10年続けてみようと決めて、月に一度上京しました。地方にはこういう写真の講座はないですし、一人でやっていては独りよがりの自己満足で終わってしまう懸念もありました。教室に来て他の人の作品に触れる、先生の話を聞く、自分の写真の指導を受ける、そういう全てが次の作品づくりに生きてくるし意欲になりました。授業の後の飲み会での先生方やクラスメートとの写真話も刺激的で、続けられた一因かもしれません。

 

それで10年が過ぎて、もう20年になろうとしている訳ですね。でも一時期、ほとんど年に1回しか来ない事もありましたね。

 

はい、そうですね。そのあたりは先程話しました人生の転機と重なっている頃で、写真に関われる時間がだんだん少なくなっていきました。そんな時、教室で岡田さんのデジタルプリントに出会ったんです。そうしてデジタル一眼を購入して、なんかそれで初心に戻れたような気がしました。初めて訪れた街を、カメラを持って歩き出す時のようなワクワク感に満たされた感じ。デジタル現像やプリンターでのプリントはとても新鮮な感動がありました。

 

デジタルになって、プリント仕上がりが美しいですね。

 

フィルムであれデジタルであれ、表現したものに共感を得られるかどうかは、プリントに凝縮されるので最終プリントにこだわります。でも、もちろん最初の頃はプリントの仕上がりの良し悪しなんてわかりませんでした。そういう感覚的なものは、経験を積み重ねて一歩一歩わかってくるもので、続けてやることで完成度が高められていったのだと思います。でもまだまだ100%満足というプリントはないですね。

 

今や写真表現でもデジタルプリントが当たり前になっているけど、モノクロフィルムにこだわる人もいます。その辺りの意識はどうですか?

 

プリント調整も焼き込み覆い焼きなどその時は丹念にしていたつもりでしたが、デジタルになってさらに細部の、極端に言えば粒子の一つまでもコントロールできる事を知って、フィルムの時の苦労がなんだったのかと思ったりもします。だけど、フィルムの時に積み重ねたそういう焼きの感覚がデジタルでもベースになっているのは確かです。

デジタルは現像の画像がイコールプリントの画像ですから、出力してプリントの仕上がりを見てまた現像に戻って繰り返し再調整して、とだんだん追い込んでいって自分のプリントイメージにより近づける事ができます。秒単位で焼かなければならないフィルムと違って、何時間でもかけられますから。最終的に一枚の紙の上に表された写真に、デジタルだとかフィルムだとかの違いは無いと思います。暗室作業も好きだったんですけど、自分にはデジタルの方が表現する道具としては合っている気がします。ちなみに自宅の暗室は今、写真の物置き場になっています(笑)

 

デジタル写真の出現は、写真史上大きなターニングポイントである事は間違いないですね。

 

フィルムからデジタルへ、歴史の変わり目に立ち会えたのはラッキーだと思います。写真の歴史が170年、それに比べればデジタルはまだ始まったばかりで、これからどんな風に発展していくんでしょうか。ハードも進化してもっと良くなると思いますし、表現としての写真がどう広がっていくのかと楽しみです。それにどこまでついていけるかわかりませんが、表現行為に終わりはありませんから、私も自分の写真を撮り続けていけたらと思います。

 

聞き手:中村誠

 

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